Dec 07, 2009
愚痴の驚異的な会計事務所
友人が会計事務所に入社したのはいいが、会うたびに愚痴を聞くことになるので、非常にたまらない。しろ、その人が人のことなど話は尽きない。それでも、その会計事務所を選んだのは自分だからと癒してみても、それでも止まらない。仕方がないので话半分聞いておくことにした。いつかは愚痴も終わるだろう。賃貸オフィスを借りていてよかったと思う。最初から賃貸オフィスを借りようとしている場合は、資金繰りも大変だし、賃貸事務所に入ってから、"もっとこんなゴトウルジュウイヅミョン良かった"というものがあったかもしれないのである。そこでまず、比較的かでレンタルオフィスで仕事を始めたのは良い経験になった。
◇内野、外野も守れる−−日大三2年・中平達志捕手
登録は捕手だが、内野も外野も守る。打撃もいい。オールラウンドに活躍できる選手として期待がかかる。
一番好きな守備位置は捕手。ただ捕手への執着以上に試合に出たい気持ちが強い。チーム事情に合わせ一塁も守るし、打撃も常に右中間への打球を心がけ「しつこく勝負強い打者」を目標にしている。
1年前、練習に取り組む姿勢の甘さを三木有造コーチに厳しく指摘された。翌日、集めた野球ノートにびっしり並んだ日々の記録。驚いた三木コーチは「お前のことを違う目で見ていた。申し訳ない」とのメッセージを添えて返却した。その言葉に目が覚めた。感情を表に出すタイプではないが「気持ちを前面に出した熱い野球をやらなきゃダメだ」と。今では守備練習でも声を振り絞る。
「どのポジションでもすぐに行ける準備はできている」。甲子園では、この熱い気持ちで先発を狙う。【喜浦遊】
◇変化求めジム通い−−国学院久我山1年・杉崎朝朗捕手
昨夏の新潟合宿。練習後の風呂場で体を洗いながら正捕手でクラスメートの菊池泰志選手(1年)と言葉を交わした。
「お前はレギュラーだけど、おれはあきらめないから」、「おれも絶対抜かれないように頑張るからな」
新チームになり、自分がマスクをかぶることもあった。だが、菊池選手は急成長し、正捕手の座を奪われた。悔しかった。高良武士監督からは「変われる選手は一瞬で変われる」と言われた。「3年間変われない選手にはなりたくない」と本気で思った。
164センチと小柄なことを生かしてきびきびとした守備を見せるが、さらに強く速い送球を身につけるため、練習後にジムに通って後背筋を鍛えている。
「3年生の最後までには、何とか。必死で食らいついていきたい」。ライバルに追いつこうと、変化のための準備に余念が無い。【池田知広】=つづく
〔都内版〕
2月28日朝刊
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警察小説「隠蔽捜査」シリーズやテレビドラマ「ハンチョウ〜神南署安積班〜」の原作者として知られる作家の今野敏さんが27日、新刊小説「警視庁FC」(毎日新聞社刊)を記念して、豊島区西池袋1の旭屋書店池袋店でサイン会を開いた=写真。
会場には約90人のファンが訪れ、長い列を作った。今野さんは「たくさんの人が来てくれてうれしい」と話し、ファンの一人一人に握手で応えた。
新刊は、「警視庁FC(フィルム・コミッション)」という特命チームが映画の撮影現場で起きた謎の殺人事件を捜査するという内容。
〔都内版〕
2月28日朝刊
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◇「安心して乗ってもらおう」 乗務区助役の後藤雄五さん、後輩に心意気伝える
◇快適な乗り心地提供続け来月定年
3月13日に引退が決まった京王電鉄の「6000系」車両。1972年に登場し39年間にわたって京王線の旅客輸送を担ってきた。入社直後から6000系に携わってきた桜上水乗務区助役の後藤雄五さん(59)も来月、定年退職を迎える。ワンハンドルにかけた鉄道マンの心意気を聞いた。【河嶋浩司】
全長20メートルの大型車両。両開きの4ドア方式に加え、これまでのツーハンドルから、新しくワンハンドルが採用されたのが6000系だった。
後藤さんは70年に入社。72年に桜上水乗務区で車掌として電車に乗り始めた。身長180センチと大柄だ。「ちゃんと体が収まるか試してこい」と上司から言われて、初めて運転台に座ったことを思い出す。「ハンドルをめいっぱい手前に引いて、フルにした時に体が邪魔になるんじゃないかって思われていたんだよね」
乗務区の入り口には木製のワンハンドルの練習台が置かれていた。「ツーハンドルからワンハンドルになって戸惑いもあったんですよね。でも、ちゃんと練習をしようと、そんな工夫もしていた」
79年9月から運転士として勤務を始めた。停止位置にきちんと止めること、しかも乗り心地も考えながらの微妙なハンドル操作に細心の注意を払った。
「京王新宿駅から京王八王子駅まで運転して、眠っていて乗り過ごした人がいると、その人には申し訳ないが『やったね』と思った」と振り返る。「それだけ、快適な乗り心地を提供できたという証明だからね」。その心遣いでハンドルを握り続けてきた。
現在は桜上水乗務区で助役として、若い乗務員の点呼を行う。「運転士に大事なのはいかに安心してお客様に乗っていただくかということ。その心を後輩も大事にしていってほしいね」
〔都内版〕
2月28日朝刊
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